PROFILE

こんにちは、けいすけ社長です。
僕の自己紹介と生い立ちについてお話します。

僕の叔父は、港町でレストランを複数店舗経営していました。
バブル絶頂期だった当時、僕は小学生低学年だったのですが、レストランの皿洗いで1回千円のお小遣いをもらっていました。レストランですから何回も皿洗いのお手伝いができます。たっぷりお小遣いをもらいました。

叔父はなんてお金持ちなんだと小学生ながら尊敬もしていました。(ちなみに荒稼ぎしたお小遣いは親に貯金すると取り上げられました。きっと叔父に返したのだと思います。)

しかし、バブルが弾けると、一気に景気が悪くなり自宅兼レストラン以外の物件はすべて手放さなければならない経営状態に追い込まれました。
叔父は金策で祖母や母、親族にあらゆる都合をつけて金の無心を繰り返しました。闇金、不倫、離婚、自己破産、自殺未遂、親族を巻き込んだ訴訟問題などあらゆる不幸を撒き散らして急性心不全で他界しました。

僕は、叔父のような不幸をつくらないため「誰かを助ける仕事」をするため「経営をよくする仕事」に職を求めました。就職氷河期世代なので苦労はしましたが、なんとか経営コンサルティング会社で働くチャンスを手にしました。

厳しい環境でした。仕事のスピードや品質は人一倍厳しい上司ばかりでつらい話はいくらでもあります。それでも続けられたのは、僕は「誰かを助ける仕事」をしたかったからです。それが心の支えでした。

そして、就職して3年6ヶ月たったとき、退職して独立開業を果たします。
創業資金は30万円、お客様は3社。リーマンショック直後の最悪の景気状況で屋号バードバンクが産声を上げました。

志ひとつで創業してもうまく経営できるわけがありません。現実は厳しかったです。

創業当時、プログラミングは僕がやっていました。プロジェクト管理もコンサルも僕。経理や事務も僕。もちろん営業も僕。とくに、営業はまったく駄目でした。「誰かを助けたい」という気持ちはありましたが、「誰かもわからない」僕に助けは求めないでしょう。

お金も仕事もないのに、人手がたりないという訳のわからない状況になっていました。
1ヶ月の売上が2万円の時もありました。パートさんのお給料を支払えなくて、消費者金融で借りてお支払いしたこともあります。銀行から借りればよかったのにその程度の知恵もなかったわけです。これでは「助ける以前」のお話です。

大きな変化がありました。
エンジェル投資の普及です。

エンジェル投資を行えば、叔父のような不幸もあらわれない。